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Channel: 斬剣次郎の鉄道・バス斬り
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0系第1編成車内公開

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 交通科学博物館で保存されている
 0系第1号編成
 ですが、閉館を前に車内の特別公開が行われているということで、見てきました。通常は新幹線ミニシアターに改装されている22−1のみ公開していますが、今回は通常非公開の21−1、16−1、35−1の3両が公開されました。



 公開は車内公開で、21−1から乗り、一方通行で進めるという形でした。


 21−1の運転台です。22−1の運転台が公開されているので、いつでも運転台を眺めることができるのですが、22−1の方は破損防止のためにスイッチ類などが透明アクリル板で覆われています。しかし、21−1は通常非公開なので、透明アクリル板がなく、ブレーキマスコンが無い以外は原形を留めています。でも、運転台はロープで仕切られており、入れないようになっていました。






 普通車
 の21−1の車内です。登場時の0系の普通車は転換クロスシートでした。新幹線は収容性を重視していることもあり、2&3シートとなったのですが、当時は3列シートで回転できる技術が無かったようで、転換クロスシートとなったようですね・・・。肘掛は中間部分も含め固定で、テーブルは小型の引き出し式でした。今は回転リクライニングシートで、テーブルも大型であることを考えると、すごい進化なんだなと感じたものです。そして、この転換クロスシートで東京〜新大阪間を3〜4時間で移動していた事なんて想像もできません・・・(急行列車のボックスシートを考えると上なのかもしれませんが・・・)。
 私にとっての0系と言えば回転シートになった後なので、転換クロスシート時代はピンときません・・・。



 21−1のデッキです。号車表示はドア横にサボ式で表示されていました。今は全編成が16両編成で、編成の組み替えもないので、シール式ですが、0系の時は編成の組み替えが多く発生していたので、サボ式となったのでしょうね・・・。ドア上に車番表示があったとは意外でした・・・。JR西日本で最後まで残った0系は客室の片隅でしたからね・・・。
 そして、デッキには新幹線の時刻表もありました。昭和50年代のもので、博多延長後のものでした。現在の新幹線にはデッキに時刻表が掲示されていますが、その習慣が国鉄時代から始まっていたことを初めて知りました・・・。





 トイレと洗面所
 です。トイレは男女兼用2ヶ所と男子専用1ヶ所で、洗面所は2ヶ所でした。今の新幹線の標準スタイルが新幹線開業時からそのまま引き継がれている事もビックリしました。しかも洗面所のスペックも石鹸以外全く変わっていないこともビックリ・・・。トイレの傍には飲料水が付いていました。国鉄時代はこれが当たり前でしたが、今はブルトレインしか見られなくなってしまいましたね・・・。






 グリーン車
 の16−1の車内です。グリーン車は回転リクライニングシートで、2&2シートです。シートはリクライニングできるだけでなく、足置き台も設けられており、今のグリーン車につながる基礎が開業時から出来ていた事になりますね・・・。ただ、テーブルは引き出し式で、小型のものです。グリーン車の座席はやや大きめであること以外は在来線とほぼ同じ感じでした(489系のサロ489形と比べるとほぼ同じでした)。でも、今は電動リクライニング、読書灯、ラジオ、大型背面テーブルなどが付加していて、どんどん進化していますね・・・。




 デッキのドアが何と金メッキがなされていたのです。0系のグリーン車は乗降扉の縁が金色になっていましたが、デッキのドアまで金になっていたとは驚きです。それだけに0系のグリーン車は可能な限り高級感を出そうとしていたんですね・・・。にしても、下の写真の透明ガラスの扉は何やろ・・・?





 ビュフェ車
 の35−1の車内です。35形はビュフェと普通車の合造車です。ビュフェは軽食を提供できるレベルで、調理台や冷蔵庫や電子レンジなどが置かれていました。購入した軽食を食べれるようにテーブルや座席も設けられていました。今は高速化や駅のコンビニなどの充実化などにより、駅で買って車内で食べることが定着してしまっていますが、昔は乗車時間が長く、駅もあまり充実していなかったので、車内で買って食べる事が当たり前だったんですね・・・。そして、第1号編成は1970年代に廃車され、そのまま交通科学博物館に展示された事もあり、昔の冷蔵庫や電子レンジがそのまま残っていました。なるほどの連続です。


 ビュフェの端っこにある手洗い場です。そのにはエアタオルも置かれていました。今はビルのトイレなどに当たり前のようについていますが、当時は珍しく、国鉄では1958年の20系電車から始まったんですね・・・。


 ビュフェにあった速度計です。今は速度を気にすることはほとんどなく、知らぬまま過ごしている事が当たり前なのですが、昔は関心があったようですね・・・。



 ビュフェ車にはビュフェだけでなく、売店や公衆電話も設けられていました。


 35−1の普通車の部分です。35形は普通車とビュフェの合造車なので、普通車もありました。でも、半分以上がビュフェなので、普通車部分は比較的狭かったです。


 35−1のデッキ部分です。9号車の札が付いていました。



 22−1の車内です。22−1は
 新幹線ミニシアター
 に改装されていましたが、去年12月をもって終了したため、座席部分はロールで仕切られ、そして電灯もほとんど消えて静かになっていました。でも、運転台公開は引き続き行われているようで、その列が延々と続いていました・・・。


 22−1のデッキが出口となっており、これで車内見学は終了です。

 こうして、21−1、16−1、35−1の車内を見てきたわけですが、ほとんどの設備において、現在のN700系に引き継がれていた事に驚いたものです。そして、新幹線開業当初の設備や雰囲気について、なるほどと感じる部分が多く、勉強になりました。
 以上です。

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